年三日坊主のKKです。
以前のエンジニアブログで実家のお寺にお天気ライブカメラを設置した話を書きましたが、先日は某テレビ局からお天気コーナーで使いたいとご連絡を頂くなど世間のお役に立っているようで良かったです。
さて、今回も前回、前々回に引き続き性懲りもなく2024年6月に出版された「サイバースペースの地政学」の雑感を書いていこうと思います。
前回はデータの搬送方法に関する話を書いたのですが、今回は通信回線のお話です。
「サイバースペースの地政学」でも通信回線の話は大きなテーマで国際海底通信ケーブルの話題が歴史的経緯も踏まえて書かれているのですが、国内の回線についてはあまり大きくは扱われておらず、その辺の街角の電柱に張られている光ファイバーが意外と近隣の基幹回線だったりすることもあるといった興味深い事例の紹介はあるのですが、日本国内の回線に関する話題は少ないです。
おそらく現在はそのほとんどが光ファイバー網であり、またその詳細は保安上あまり明らかにできないことも多いため、省かれたのだろうと思います。
話は変わりますが、私が所属している部門では定時前の終礼時に日替わりでメンバーが最近興味深かったことなどを話すコーナーがあります。
実は「最近読んだ本の紹介」として前回、前々回の記事の下書きを元に「サイバースペースの地政学」の話をしたことがあるのですが、その際に同僚西山から
『パトレイバー2で戦闘ヘリがテレビ局や通信会社のパラボラを破壊するシーンを思い出した』
という感想を貰いました。
「パトレイバー2」というのは1993年公開の映画「機動警察パトレイバー 2 the Movie(以降P2)」のことで、「レイバー」と総称される高さ8mほどの汎用人間型作業機械(人型ロボット)が主に土木・建築などの作業効率化のために普及した架空の00年代を舞台として、クーデターを起こそうとするテロリストに立ち向かう警察のレイバー隊を描いています。
このP2、いろいろと見どころがあるのですが、クーデター部隊が決起して実行することの一つが戦闘ヘリで都内各所の通信設備を破壊することです。
ここで破壊される通信設備というのが面白くて、今なら地下を通した光ファイバーケーブルか電柱に張られた光ファイバーケーブルおよびそれらの集まるデータセンターになるところ、P2では戦闘ヘリがビル屋上の鉄塔やビル壁面に設置されたパラボラアンテナを次々に破壊していきます。
もちろん地下のケーブルが破壊されている様子も数カット描かれるのですが、このシーン全体では戦闘ヘリが橋やパラボラアンテナを破壊しまくる様子の方がじっくり描かれます。
今の感覚ではパラボラアンテナを使う通信といえば衛星放送や衛星通信を連想する方が多いと思いますが、P2で破壊されているパラボラアンテナはおそらく、かつて日本中に張り巡らされていたマイクロ波による長距離電話および放送波の中継回線用の設備です。
まず、長距離電話についてですが、固定電話は元々各家庭や事業所から各地域の電話局まで銅線の電話線が引かれており、地域の電話局から先は銅線だけでなくマイクロ波を使って相手先の電話局まで中継されていました。
そのため00年代ごろまでの電話局ビル屋上には大きな鉄塔が建っており、そこに固定マイクロ波通信のためのパラボラアンテナが付いている、というのが定番でした。
前々回の記事で取り上げた無傷の電話局ビル(当時の神戸大開電話局)の屋上にも立派な鉄塔が建っており、たくさんのパラボラアンテナの姿があります。写真提供:神戸市(「阪神・淡路大震災『1.17の記録』」)
次に放送波の中継回線についてです。テレビ番組というのは各地の電波塔から各地域にVHF/UHF電波で送信されているわけですが、かつてはテレビ局から各地の電波塔までの中継経路の一部にも前述の電話と同じ固定マイクロ波中継回線が利用されていました。
(なお、テレビの中継車などでは"固定"ではない移動式のマイクロ波通信が使われます)
つまり、P2でクーデター部隊がやったことは、東京のテレビ局の固定マイクロ波回線用パラボラアンテナを破壊すると東京のテレビ局から日本中へのテレビ番組の配信ができなくなり、通信会社のパラボラアンテナを破壊されたことで電話局を跨いだ通話に使える回線数が大幅に減り電話の受発話が大幅に制限されるという効果を期待していたということです。
もちろん、今ではどちらも光ファイバー網によって代替されているため、P2の中で描かれた描写は00年代までの時代を表す描写とも言えますが、作中ではパラボラアンテナを破壊されても残存回線などを使って通信を迂回させ復旧にあたる通信会社のNOC(ネットワークオペレーションルーム)と思わしきシーンの描写があるなど、インフラを扱っている身としてはグッとくるものがあります。
1950年代から60年弱、日本の国内通信や放送網を支え続けた固定マイクロ波中継回線はほぼ役目を終えつつありますが、今日の光ファイバー網が整備されるまでは重要な役割を担っていたことを知って頂ければ幸いです。
なお、鉄道や電力、ガス、ダムなどのインフラ事業者では業務用回線として固定マイクロ波通信は現在も活躍中です。
◆参考
- 機動警察パトレイバー公式サイト:ABOUT PATLABOR
- 機動警察パトレイバー公式サイト:機動警察パトレイバー 2 the Movie
- ヤフー知恵袋:機動警察パトレイバー2のヘルハウンドが爆撃するシーンで、最後に高層ビルの通信設備を爆撃しましたが、あの高層ビルはNTT新宿本社ビルでしょうか?
- NTT技術ジャーナル:NTT研究所の技術レガシー 第3回 トンネル内のテストコースとパラボラアンテナ
- NTT技術史料館:展示パネル情報 広帯域伝送路の開発 1
- ENOG74 Meeting 議事録:“中継回線の歴史 (マイクロ波~光ファイバー)” – 中倉 雅人 (株式会社グローバルネットコア)
- 公衆通信における電波利用:固定マイクロ波通信 - 電波博物館
- 茂木ネットワークセンター