年三日坊主のKKです。
年も明けたのに紅葉が残ってて、季節感がよくわからない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回も前回に引き続き2024年6月に出版された「サイバースペースの地政学」の雑感を書いていこうと思います。
前回はデータセンター前史という視点で電話局の建物に関する話を書いたのですが、今回はデータセンターに保管されている「データ」のお話です。
当たり前の話ですがデータセンター内には「データ」があります。
この「データ」というものが「どのくらい嵩張るのか」意外と知られていないものです。
昭和の時代では「データ」を文字数に換算して新聞何日分に相当する、といった比喩でその量をイメージさせようとすることが多かったように思います。
(「東京ドーム何倍分」とか「東京都何個分」とか、不思議な換算基準がありますよね…)
もちろんデータセンターによって蓄積されているデータの量は異なるので、データセンターにどのくらい多くのデータがあるかという話をここでするつもりはありません。
重要なことはデータセンターにデータがあるだけではダメでデータはデータセンターの内外とやり取り可能でなければならないということです。
先ほどから、なぜこんな「当たり前のこと」を書いているかというと、当たり前のことが当たり前でなくなった時に大きな問題になるためです。
具体的には戦争や災害、システム障害などで別のデータセンターにデータを持ちだそうとする時、データの量がとてつもなく重要になってきます。
例えば、2023年10月10日に発生した「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」の障害では中継コンピューター(RC)の不具合で金融機関から全銀システムへのデータ受け渡しが出来なくなったため、代替手段としてLTO(Linear Tape-Open)テープと呼ばれるデータを記録した磁気テープを金融機関のデータセンターから全銀システムのデータセンターへ物理的に持ち込んで処理を行ったそうです。
では、なぜ全銀システムや金融機関にはLTOテープを読み書きする設備があるのでしょうか。
拙僧の想像ですが、2つの理由が考えられます。
一つ目は全銀システムのデータバックアップにLTOテープが使用されており、金融機関側のシステムでも同様のLTOテープを使用していたため、これを応用して代替手段としたことが考えられます。
もう一つは、以前運用されていたLTOテープなど物理的な記憶媒体でデータをやり取りする仕組みが残されていた可能性です。
これはどういうことかというと、今ほど通信回線の速度が速くなかった時代は月末締め処理など大量の処理を依頼する場合はデータが多すぎて通信では受信しきれないことが珍しくありませんでした。
そもそも全銀システムは1973年に稼働開始した第1次システムから2019年に稼働開始した第7次システムまで50年以上稼働し続けているレガシーなシステムであり、第6次システムまでは磁気テープなどの物理的なデータ記憶媒体に記録したデータを物理的に運んでデータを届けるMTデータ伝送方式が運用されていました。
第7次システムでMTデータ伝送は廃止(終了)しましたが、内部的にはLTOテープでデータを受け付ける仕組み自体は残置されていた可能性があり、それを利用して代替手段としたことが考えられます。
そうです。大容量データを通信でやり取りできるようになったのは意外と最近のことであって、大量のデータというのは物理的な記憶媒体に収めて物理的に運ぶこともあるのです。
「サイバースペースの地政学」では、海底通信ケーブルを中心にデータは通信でやり取りし、データセンターに蓄積されることを前提にデータセンターの立地がデータ集積地として重要になることを安全保障の立場も踏まえて解説しています。
ですが、国中のデータセンターがそもそも安全でなくなったら、どうすれば良いのでしょうか。
まさにそのような事態に陥った国があります。2022年のウクライナです。
詳細はアマゾン ウェブ サービス(AWS)の公式ブログに詳しく掲載されていますが、AWSは2022年のロシアによるウクライナ侵略が始まった際、ウクライナ中のデータセンターからウクライナ政府、教育機関、銀行などのデータを安全なデータセンターに移行させる支援をしたそうです。
・ウクライナの今を守り、未来を築くためのデータの保護
https://www.aboutamazon.jp/news/aws/safeguarding-ukraines-data-to-preserve-its-present-and-build-its-future
その際、AWSが提供したのがまさにデータ通信ができなくてもデータを運ぶことができるサービス「Snowball」でした。
実はAWSのSnowシリーズには大型トラック型の「AWS Snowmobile」が存在していたため、拙僧は「AWSがウクライナからデータ救出を実施」っと聞いた時、真っ先にこのSnowmobileトラックがポーランド国境から列を成してウクライナに入っていく様を想像(妄想)したものです。
・AWS re:Invent 2016: Move Exabyte-Scale Data Sets with AWS Snowmobile
2016年のAWSの年次開発者会議「AWS re:Invent 2016」でド派手に発表された「AWS Snowmobile」ですが、残念ながら2024年までにサービス終了しています。
・[速報]顧客のデータセンターに大型トラックで乗り付け、100PBのデータを吸い上げる「AWS Snowmobile」発表。AWS re:Invent 2016
・AWS、大型トラックでデータセンターのデータを吸い上げる「AWS Snowmobile」がサービス終了に
もちろん、このニュースを聞いて拙僧は「Snowmobileはウクライナの地でデータ救出に奔走して力尽きたんだろうな」などと勝手なロマンに浸っていたわけですが、現実はそんなにロマンチックではありません。
詳細は以下の「AWS re:invent 2022」の記事に詳しいのですが、現実の災害や戦争の際はSnowmobileのような大型トラックで乗り込むわけではなく、AWSからはSnowballを現地で活動する人々に提供し、現地の人々がAWSの支援を受けながらSnowballを携えてデータセンターを訪ね回ってデータを救出していったという地道な活動の積み重ねでした。
・AWSが「災害対応ハイブリッド車両」を展示。ウクライナでも使われた小型サーバー「Snowball」技術とは
https://www.businessinsider.jp/post-262775
「サイバースペースの地政学」ではデータセンターは引かれ合うようにデータセンターの近くに増える傾向があり、このようにデータセンターが集積する様をデータグラビティと呼んだりしているのですが、事前対策可能な災害と異なり戦争のような事態に本邦が陥った際、ウクライナの比ではない規模のデータが集積された本邦のデータセンター群はどうなるのでしょうか。
東日本大震災をきっかけに本邦でもBCP(事業継続計画)やDR(災害復旧計画)の策定や実施が認識されるようになりましたが、それらの基盤となるデータセンター自体の安全性については災害対策を中心に検討されてきており、そもそも「戦争」という事態の想定にリアリティがありませんでした。
しかしながら、2022年から続くロシアによるウクライナ侵略は現在進行形でその可能性を突きつけてきます。
「サイバースペースの地政学」でも具体的なソリューションが提示されるわけではないのですが、それを考える上で大切な歴史と現状認識を知ることができるという点でこの本を多くの人に読んで頂きたいと思いました。